茅野市で「鐘の鳴る店 中沢」を営む中澤國忠さんは、
ご自身も時計修理の技術を持ち、長野県時計宝飾眼鏡商業協同組合の理事長を務めて
「信州 匠の時計修理士」制度を立ち上げました。
時計修理の技術を継承するとともに長野県のものづくりを支え、
時計職人が企画・デザインする機械式時計「TAKUMiSM」の開発・販売にも携わっています。
まちの時計店として、今までとこれから
創業は1964年。3坪の広さに、手巻き式の時計を10数個、目覚まし時計や掛け時計が5、6本あったかどうか。あとはダイヤの指輪など20個ほど並べた小さな店がはじまりです。当時はおもに時計の修理を手がけていました。
1972年に新築移転して、店名を「鐘の鳴る店 中沢」に変え、毎正時にウエストミンスター寺院の音色が鳴るようにしました。学校で鳴る、あのチャイムの音色です。ピアノ線を打つ音をマイクで拾い、スピーカーで流すのですが、余韻のあるいい音がします。
茅野駅西口の再開発に合わせて2009年に今の場所に店を構えました。鐘の音も周囲の方にはすっかりお馴染みで、時間の目安になると頼りにされています。
私は15歳で時計店に修業に入りました。東京オリンピックの前年、23歳で独立。当時、時計といえばホテルのフロントに預けるような貴重品で、修理をして使うのが当たり前でした。その2、3年後でしょうか。業界内で画期的な時計が出ると噂された。それがクオーツ式腕時計でした。
それから短期間で時計の需要は大きく伸びました。高校生になったら時計を買ってもらうかたがほとんどで、地方の時計店でも、どれだけ売れたか。それは凄まじかったですよ。
バブル崩壊を機に、携帯電話の普及もあって、時計の需要は落ちました。そのほとんどがクオーツ式。ですが、時計の真髄は、やはり機械式です。
マニアのかたを中心に、機械式時計は愛好され続けています。価格が高く、メンテナンスの必要なものというのは、商売として強いと思います。
私は、地方のまちでの物販業は、やり方次第で成り立つと思っています。もちろん、消費人口によって決まる面があり、銀座には銀座の、田舎には田舎のやり方があります。いかに店へ足を運んでいただくか。私の店では、おもにダイレクトメールでの情報発信を欠かしません。
この業界は、お客さまのことを考えながら真面目にやっていれば、面白いし悪くない商売だと思うんですよ。
信州 匠の時計修理士」制度の立ち上げ
私が理事を務めている長野県時計宝飾眼鏡商業協同組合と、セイコーエプソン、シチズン平和時計製作所が一緒になって、2005年に「信州 匠の時計修理士」制度を立ち上げました。時の田中康夫知事に、長野県の「技能評価検定制度」に認定してもらい、養成講座を作ることになりました。
1・2期の2年間はエプソンの全面協力を受けて、工場の一室を養成講座の教室に提供してもらいました。3期から松本技術専門校に移して、4年ほどやったでしょうか。今は茅野高等職業訓練校を借りて続けています。コロナ禍で3年間休み、2023年に復活しました。
講師には、セイコーエプソン塩尻事業所とシチズン平和時計の技術者をむかえています。技能五輪世界大会の金メダリストである塩原研治さん、竹岡一男さん、小松郁清(いくきよ)さんもいます。全国の技能大会で優勝された方や、講座を終えて1級、特級を持った人たちも講師になっています。
学ぶかたは東京、埼玉、神奈川、名古屋、大阪など全国から来ています。年齢層はさまざまで、若いかたも多いですよ。時計会社に就職して、より技術を向上させたい人。修理に興味を持って、より深く学びたい人。趣味で学びたいという人もいます。
技術は皆無に近い状態から、まず3級取得を目指して、月2回で計12回コース。2級、1級も時間は同じですが、内容の密度が違う。1級合格は国家検定の1級時計技能士試験より困難と言われています。
その上にA級、特級もあります。特級まで取得すれば、すべての時計の修復技術を身につけ、時計職人として身を立てることができるはずです。50代前半で3級を取り、最終的に特級まで取得したかたがいます。そのかたは定年退職間近で会社を辞めて、今はご自身でビジネスをされています。
長野県に住んでいる人は、じつはとてもラッキーなんですよ。こうした制度は、長野県にしかないんです。エプソンとシチズンがあるから成り立つことです。そういう意味では、長野県は恵まれています。
「TAKUMiSM」と機械式時計の魅力
時計修理の技能を身につけたら、その後はメンテナンスをしていただく。そういうサイクルを考えて、独自の時計を作ることになりました。クオーツではなく、機械式の時計「TAKUMiSM(タクミズム)」です。
TAKUMiSMには「SHINSHU」と「JAPAN」という2つの商標登録があります。SHINSHUは長野県時計宝飾眼鏡商業協同組合、JAPANは関東時計宝飾眼鏡商業協同組合連合会が扱っています(私はどちらの会長もしていまして、そろそろどなたかにおゆずりしたいのですが…)。
最初の2年間はオリエントの機械式時計を使い、その後はセイコーの機械式時計を使っています。2022年でシリーズ第6弾。生産数は毎回各100本。根強い人気があります。
20万円弱で、お客さまにとっては無理をすれば手に入る価格でしょうか。追い求めていける商品を作るのも、私の責任です。時計業界にとって切磋琢磨にもなります。
今は時計を持たず、スマホで時間を確認する人が多いと思います。かといって、時計がなくなるわけではない。時計は人間より長生きで、何百年ともつものです。親からゆずられたとか、誰かからいただいたとか、思い出の品になる。
それこそ形見が動いたら感動しますよ。直せば動きます。古くても同じ時計を探して部品を入れ替えると、なんとかおさまるんです。
何より音がいいですね。クオーツは音がしないけれど、機械式はカチカチと音がする。夜中、静かなところで聞くと、心臓の鼓動とピッタリ合う。ぜひ一度、聞いてみてください。ほんとに癒されます。そして、もっと時計に触れたくなりますよ。