長年ものづくりの世界に携わってきた名匠に、
ものづくりの魅力やこだわりを語っていただくスペシャルインタビュー。
長野市の日本料理「ゆ庵」のオーナー兼料理人の湯本忠仁さんは、
長年にわたり後進の育成に情熱を注ぎ、数多くの講習や研修を行っています。
日本料理の魅力とともに、技術伝承にかける思いを語っていただきました。
お客様に楽しんでもらいたい
日本料理は、おいしい料理を作って出せば終わりという世界ではありません。料理のクオリティはもちろんですが、お客様に楽しんでいただきたいという思いがとても大切になってきます。お客様が炎天下でスポーツをされた後にいらっしゃっているのであれば少し濃いめの味付けに、朝から穏やかに過ごされていた雰囲気であれば薄味に、大事な商談の場として使われるのであれば、お話の邪魔にならないようさっと食べられる椀ものを増やすなど、臨機応変な接客が求められるといえるでしょう。
器と受け皿の間に季節の草花の葉をちょっとはさむだけでも、受け皿が器にくっついて持ち上がることはなくなります。受け皿が落ちてバタンと音を立てたら、お客様が恥ずかしい思いをするかもしれない。そういう気遣いが大切なんです。
料理の根本は教えません
私は料理講習会の講師をよくやっているのですが、教える際は、普段の生活に活かせる知識をとっかかりにするように気をつけています。そうでないと結局忘れてしまいますからね。ちょっとした工夫やひと手間でこんなに変わるんだ、というのがいちばん伝わりやすいんです。
以前、小学生を対象にした親子料理教室で卵焼きをつくったことがあるのですが、私たち料理人は片手だけ使って卵を割ります。小学生たちがそれにすごく興味を持ってしまって、その日の授業は卵を片手で割る練習になってしまったことがあります。結局私一人で卵焼きを焼きました(笑)。でもそれでいいと思うんです。そういうちょっとしたことから料理への興味が広がってくれればいいと思っています。
将来料理人を志望している若い人に教える場合は、料理のポイントというかコツというか、そういう根本的な部分は教えません。「この料理を作るときはここが難しいところだよ」と最初から一方的に教えたとしても、どうしてそんな難しいことをしなきゃいけないのかわからないでしょう。まだ経験の浅い人に「質問はありますか」と聞いても何を質問していいのかわからないのと同じで、なぜそこが大切なのかはわからないものです。経験を積んでいくなかで自分はここの部分がわからないんだなと気づいたときになって、この料理のポイントはここなんだな、だからこういうひと手間が必要なんだなとはじめて実感できるんです。料理の根本的な部分というものは、料理をやっていく中で自分で気づくことでしか身につかないものだと思っています。
何を学びたいかが本人の中で明確になってからが本当の「学び」の始まりです。何をどうやって学びたいのか、学んでどうなりたいのか、そういうことに対して明確なビジョンを持っている人の方が学びが身につきます。30代で基礎技術をしっかりと身につけ、40代はどんなときでも安定したクオリティが出せるように、そして50代で自分の店を持つ。そういう具体的なビジョンがある人の方が成長します。
職人の価値を決めるのはお客様
日本料理に限らないかもしれませんが、技術を身につける職人の世界には、どこからが一人前でどこまでが半人前という基準が明確にあるわけではありません。ですので、一人前なのかそうでないのかを自分で判断することはできないんです。それはお客様が決めること。お客様からの評価で、職人の価値が決まると言ってもいいでしょう。
私も若い時は同僚よりも腕が良くなりたいと競うような気持ちで修業していましたが、今思うと、競うということ自体が自己満足でしかなかったんだと思います。
例えばお客様から「あなたの料理が一番おいしい」と言われたとしても、「おいしい」の基準は人それぞれです。すべての人にとっての一番なんてものはないんです。だから、おいしいと言っていただけたから自分はこれでいいんだなんて思えませんよね。これでいいんだというのは甘えであり、自己満足です。
日本料理はとても繊細で高度な技術に見えるかもしれませんが、習って身につければそれに近いものが自分で作れるようになるんです。そこが面白いところではないでしょうか。人から人に技術を伝えて行く。そういう形でしか「食文化の伝承」ということはできないと思っています。
日本料理 ゆ庵
住所:長野県長野市吉田4-4-27
電話:026-263-1416
*昼夜とも完全予約制です